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アウシュヴィッツ強制収容所へ。
2010 / 06 / 22 ( Tue )

クラコウから電車で一時間半のところのアウシュヴィッツ強制収容所がある。
かつて150万人以上の人々が虐殺されたアウシュヴィッツ。
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オシフィエンチム駅に着いてまずは腹ごしらえ。チキンまるごと一匹を二人でシェア。
(写真は半分サイズ。)
べつにチキンが食べたかったわけじゃないけど、これが一番安かったから。

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『働けば自由になる』と書かれた門をくぐり収容所の中へ。
かつての収容者たちもここをくぐった。

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二重に設けられた柵。

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囚人棟。ここには28棟あって、多いときは28,000人もの囚人が収容されていたらしい。

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囚人が寝かされていた所。腐った藁の上にぎゅうぎゅう詰めで寝かされていた。

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囚人用のトイレ。

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死のブロック。銃殺に使われた壁。

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そしてガス室。
囚人たちはシャワーを浴びれるって騙されて裸にされ、地下室に連れて行かれた。
一度も水の出たことのないシャワーヘッドが天井に付いていたらしい。
チクロンBっていう毒が天井から投げ入れられて、約20分で息絶えたそう。

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オシフィエンチムから2km離れた所にある第2アウシュヴィッツ。
この『死の門』をくぐるともう二度と生きて出ることはできなかった。

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第2アウシュヴィッツの囚人棟。こっちには300棟以上あったらしい。

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二段ベッド。一段に8人寝かされていた。写真のベッド一塊に24人寝ていた。
もちろんシャワーなんて浴びれず、下着の配給も数週間に一度だから、
伝染病で命を落とした人も多かったとか。

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悲惨な歴史とはまるで無縁のような、のどかな景色。

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記念碑や当時の囚人たちの写真には花が手向けられてました。
考えてみたらまだ70年くらい前の出来事で、私たちと同世代の人の中にもおじいちゃんや
おばあちゃんがここで殺されたなんて人もいるのかもしれない。

2010_0622_15re.jpg
残酷過ぎて今まで実感できなかったアウシュヴィッツ。
ここまで来てみて初めて、実感しました。
最後に、死の門から続く線路の終わりに献花してきました。
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